山本さとし オフィシャルHP フォーク・ソングの風に吹かれて
山本 さとし/プロフィール 20260103
♪40周年記念文書
山本さとし〜40周年の軌跡〜
山本さとしプロフィール
シンガーソングライター
福島県喜多方市生まれ。日本社会事業大学児童福祉学科卒。
9歳でギターを手にし、13歳より日記の延長でオリジナルを書き、
16歳よりライヴ活動を開始する。
これまでの作品は300曲以上。代表曲は「ヒロシマの有る国で」。
その歌づくりは、ソーシャルワーク経験から、現地を歩き、生活実感の ある
目線の低いフォーキーなものが多い。その折々で、アルバムを発表している。
歌の旅では、38歳の時にアメリカのチューニングと呼ばれる
ピート・シーガーの自伝を共訳し、ニューヨークで本人より歌の指南を受ける。
時折エッセーを書き、3.11東日本大震災後は定期的に福島に帰り、
喜多方シティFMパーソナリティも務めた。
また、喜多方復興支援隊に加わり現地仮設住宅に支援にも入る。
以来、原発事故後の人々をうたうフクシマ・ソングを毎年書いている。
主なものに「この道の向こうには」「浜通りの風」「サヨナラのない別れ」等。
現在も暮らしの中で歌の旅をし、次のアルバムの曲づくりとステージのリハーサル中。
日本音楽著作権協会会員、社会福祉士、
日本社会事業大学附属子ども学園元園長。
東京都練馬区在住。
※音楽活動やアルバム等は、facebookやHP等に詳しい。http://www.satoshi-y.net
◆主な作品と活動
1985年
・ソロアルバム「ヒロシマの有る国で」発表
1987年
・ソロアルバム「ラスト・ランナー」発表
・新宿モーツアルトサロンにて初リサイタル
1989年
・山本さとし2ndリサイタル「愛するものへ」(杉並区高円寺会館)
1991年
・絵本「こんちゃん・だいすき」挿入歌に「こんちゃん」をプレゼント
・NHKラジオ第1「アースディ特集週間」に出演。ソロアルバム「地球よ」発表
1992年
・ソロアルバム「かけがえのないものへ」発表 ♪コメント:国松俊英氏、小室等氏
1993年
・TBSニュース23 山本さとし「鳥さんがんばれ!コンサート ~オジドリ分校の子どもたちと~」取材・オンエア
1996年
・アルバム「このゆびとまれ」 発表
1998年
・ピート・シーガー自伝「WHERE HAVE all the FLOWERS GONE」協同翻訳
1999年
・NYハドソンクリアウォーターフェスティバル(アメリカ・ニューヨーク)に参加、サークルオブソングを体験 またピートシーガー氏に会い「ヒロシマの有る国で」を演奏
(ダコダハウス~ストロベリーフィールズでイマジン碑にふれてくる)
2000年
・CDシングル「夢のシナリオ」発表
2003年
・オリジナル『ヒロシマの有る国で』が清泉女子大学(東京)地球市民学科・学科歌に
・「大人のギター・プレイ雑誌ギター倶楽部第2号」 (株)ヤマハミュージックメディア "The Collector”にてその音楽活動とギター紹介
2004年
・ソロアルバム「ふる里の樹」発表
・地元江古田マーキーでの定期ライヴ「ラストランナー」が60回を迎える
2005年
・笠木透氏主催 憲法フォークジャンボリー出演
2006年
・笠木透氏主催 憲法フォークジャンボリー出演
・アルバム「丸腰でいこうぜ」’06憲法FOLK・JAMBOREEライブに「ヒロシマの有る国で」収録
2007年
・上條恒彦氏のサポートギターに参加、
・音楽・九条の会コンサートin東京vol.5‟達人たちの歌”、東京・R'sアートコート。蓮根の会共催/山本忠生、山本幹子、野田淳子、上條恒彦、高石ともや、増田康記、笠木透、山本さとし
2008年
・日本社会事業大学(社大プレスリリースNo.3) 「いじめ…、果てしない連鎖は断ち切れるか?スクールソーシャルワーカーの役割を通して」(市民講座)出演 (関連記事1)
2009年
・日本スクールソーシャルワーク協会設立10周年記念 山本さとしコンサート (関連記事 1、 )
・やまだじん氏の愛器D-28を譲り受け、難病ALSを抱える彼のチャリティコンサートをサポート
2010年
・ヒロシマ憲法フォークジャンボリー出演 (関連記事1 、2 )
2011年
・母校社大、山下英三郎教授最終講義(友情出演) (関連記事 1 )
・FMきたかた パーソナリティ 「山本さとしの旅の調べ」 毎週土曜日17:00~17:30放送 (関連記事1 、 2 、 3 、 4 )
・丸木美術館ひろしま忌 山本さとしコンサート (関連記事1、 2、)
2012年
・荻窪落陽 第26回オリジナルデー優勝 ♪エントリー曲「この道の向こうには」 with Gibson L-00
・会津坂下町立坂下中学校(福島県河沼郡会津坂下町)芸術鑑賞会
2013年
・喜多方プラザ企画公演 山本さとしコンサート2013~喜多方生まれの歌の風~喜多方プラザ文化センター <主催> 喜多方シティエフエム
関連記事
・喜多方市立熊倉小学校(母校~ようこそ先輩)
・ 喜多方プラザ東日本大震災復興応援プロジェクト 喜多方発21世紀シアター~蔵のまち喜多方のアート・フェスティバル 「山本さとし LIVE・夏にうたう」 金忠 蔵座敷 (喜多方市)
・ モンゴルへ(SSWスタディ・ツァー)
2014年
~LIVE参照
2015年
・デビュー30周年を迎えた。
2016年 ~LIVE参照
2017年
2018年
・・・・・・・・ and more

♪Dear Satoshi Yamamoto!Peter Seeger (folk singer)
Thank you for translating Midori Yazawa's message to me,and her book. Here's
a copy of my book, The new edition.
The old book was full of mistakes. ・・・P.S. See pages 96 and 97.Again・・・ Pete Seeger

♪:山本さとし君について やまだじん (folk singer)
・「ヒロシマの有る国で」の作者として知っている人も多いと思う。
近所の石神井に住んでいて、やはり近所の上池袋にいた音楽評論家・故 矢澤 寛氏 の紹介で知り、
俺のライブに来てもらったり、江古田「マーキー」での彼のライブに行ったりと20年来の付き合い。
暫く遠のいていたが、先輩の上條恒彦さんのステージで彼が伴奏をするようになり、
又、俺の病気引退に伴い愛用のギターをどう処分しようか相談していた時に、オークションなどで何処に流れていくか分からなくなるより、
信頼して我が子のような楽器を託せる人をと、上條さんの勧めもあって、後を山本くんにお願いすることにした。
ナイーブな感性と共に、会津人らしい気骨を持ち合わせた稀有な「フォークシンガー」です。
・今回もアコスティックギターの伴奏で俺をサポートしてくれるのは、かのピート・シーガーからも希有なフォークシンガーとして、
その偉才を認められているシンガー&ソングライターの山本さとしクン。
福祉の専門家でもある彼のサポートなしに、今や俺の歌も生活もあり得ないと思っている。
40年間俺に連れ添い、いつも語りかけ励ましてくれたD-28 は春から彼の手元で慈しんでもらっている。
彼の手で俺の歌に寄り添い、再び支えてくれる筈だ。」
やまだじんJean(ジーン).wmv 、 灯りを求めて 、 それぞれの中で
♪;山本さとしさんの歌は<いしっころ>のようです 国松俊英 (児童文学者)
その歌には、陽なたのいしっころのあたたかさがあります。踏まれてもけとばされても、平気な強さがあります。
ミミズもトカゲも声をかけてくる親しみがあります。そして、いつも地面の上から世界を見つめているまっすぐなまなざしがあります。
<いしっころ>のような山本さんの歌がすきです。
♪;ピート・シーガーの系譜を爽やかに 小室等 (folk singer)
何年も前のことだが、原宿のにぎわいに場違いのように寄りそってたたずむ日本社会事業大学の文化祭に歌いにいったことがある。
学生たちもまた、原宿には場違いのファッションで、キャンパスと呼ぶにはせまい学内で細々と文化祭を催していた。
ぼくは福祉の世界に伴う“善意”というものに、ときとしてうんざりさせられてしまう徒なのだが、
コンサートのあとに話しこんだ学生たちを見るかぎり、原宿を歩いているにいちゃんねえちゃんたちより、きみらの方がずっといいぞと思ったものだった。
山本さとしさんは、その日本社会事業大学出身だという。
山本さんの歌と、山本さんが大学で学ばれたこととは、どうやら無関係ではなさそうだ、と山本さんの歌を聴いていて思う。
それは“善意”のあぶなさを伴いかねないものだが、山本さんはそこをうまくしのいでいる。
アコースティックな音楽は、そのアンサンブルのありようによっては裸でさらされてしまい、ごまかしのきかないものになってしまう。
山本さんの今回のテープ作品は、まさしく裸でさらされている。ごまかしがきかない。
ごまかしがきかないと、音楽よりメッセージだけが先行してしまいかねない。
山本さんはそこのバランスをうまく保っている。ギターにヴェテランの洪栄龍を起用したのも功を奏している。
60年代にアメリカからフォーク・ソングというものが入ってきた。
それがどんどん子別れしていって、その痕跡はいまやほとんど見えなくなってしまっているいま、
山本さとしさんは、まぎれもなくピート・シーガーの系譜を受け継いでいくシンガーだ。
この時代に、この系譜を歩もうというのは相当にきついことである。山本さんはその道を爽やかに歩んでいる。
♪:愛しき紡ぎ歌の軌跡 洪栄龍 (guitarist)
愛しき紡ぎ歌の軌跡 彼の紡いできた歌、終わりのない余韻が響いてくる いつまでもこの歌たちのそばにいたい。
「ふる里の樹」発売おめでとうございます。改めて聞いてみて、とても良い感じのアルバムになっていると思いました。
コーディネーターという役割を十分果たせたかどうか、わかりませんが、アルバム作りを勧めて良かったと思いました。」
♪:福島出身、ヒロシマを熱唱 東京新聞 2011年(平成23年)8月7日(日曜日) 社会12版
「平和に核は似合わない」 丸木美術館で山本さとしさん
絵画「原爆の図」で知られる埼玉県東松山市の丸木美術館で六日、
福島県喜多方市出身のシンガー・ソングライター山本さとしさん(50)がコンサートを開催。
「人類と核とは共存できない」という思いを胸に、約百人を前に自作の「ヒロシマの有る国で」など約十曲を熱唱した。
山本さんの実家は東日本大震災で直接の被害はなかったが、会津地方も原発事故の風評被害で観光客が減り、
地元の友人、知人は不安な生活を送っているという。
山本さんはコンサート前に取材に応じ「広島と長崎があったのに、いつの間にか五十四基もの原発ができていた。
恩恵の一方でリスクも大きかった」と指摘。「広島の被爆者に教わったのは、平和に核は似合わないということ。
核のリスクは僕らが生きている間になくさなければいけない」と話した。
コンサートでは「反核」「反原発」という言葉こそ口にしなかったが、福島の避難住民をテーマにした曲に思いを託した。
故郷を奪われた人々にも届けと、会場の全員で「ふるさと」を合唱した。
♪:フォーク酒場 落陽 四元健一 (主宰者)
素直にいいなぁと思い
気持ちに沁みる歌声
人柄と人生が見える気がする
そんな弾き語り
さとしさん
小さなトロフィーだけど
気持ちはイッパイ詰め込んであります^^
また気楽に遊びにいらしてください
私と楽曲作りましょ
♪上條恒彦 (folk singer)
「貴兄にはとりわけ大きな存在、ショックでしょうが、ピートの仕事を引き継ぎ、伝えていかなくてはならないでしょう。
これからもどうかどうか頑張って下さい。」

20070908 音楽・九条の会コンサートin東京vol.5 ‟達人たちの歌”(9月8日、東京・R'sアートコート。蓮根の会共催)
(左から、山本忠生、山本幹子、野田淳子、上條恒彦、高石ともや、増田康記、笠木透、山本さとし)
♪すずききよし (folk singer)
「お名前も、作品も覚えています。
僕は後わずかしか平和のために頑張る時間がありませんが、
仁君(やまだじん)や、僕の分も頑張ってくださいね。」 2015年7月3日
40周年記念文書
山本さとし〜40周年の軌跡〜
シンガーソングライター山本さとしの軌跡:社会に寄り添う歌の旅人
◆はじめに:シンガーソングライター山本さとしの軌跡
・概要とキャリアのハイライト
山本さとしは、福島県喜多方市出身のベテランシンガーソングライターであり、その音楽活動は2025年3月時点で40周年を迎える長きにわたるものである 。彼は幼少期から音楽に親しみ、9歳でギターを手にし 、13歳で作詞作曲を開始した 。さらに16歳からはライブ活動をスタートさせるなど、若くしてその音楽的才能を開花させたアーティストである 。大学卒業後はプロの道に進み、ギターの弾き語りを中心とした活動を継続。現在は東京都練馬区を拠点としながら、全国各地でコンサートや学校公演を行い、自身のオリジナルソングを直接人々に届けている
。
彼の代表曲として広く知られているのは「ヒロシマの有る国で」であり、その作風は一貫して「目線の低いフォーキーなものが多い」と評されている
。特に注目すべきは、2011年の東日本大震災以降の活動である。彼は福島県の浜通り地域に定期的に足を運び、現地の人々と歌を通じて交流を深めながら、原発事故後の人々の心情を歌い上げる「フクシマ・ソング」を毎年創作し続けている
。この継続的な取り組みは、彼の音楽活動における極めて重要な側面となっている。
山本さとしの40年にわたる音楽活動は、単なるキャリアの長さ以上の意味を持つ。それは、彼が社会問題、特に平和や災害からの復興といった普遍的なテーマに対し、一貫して深い関与を持ち続けていることの証である。彼の音楽は、商業的な成功は気にも留めないで、時代を超えてメッセージを伝え続ける「ライフワーク」としての性格が強く、その持続性自体が彼の芸術的誠実さと社会貢献への献身を雄弁に物語っている。オリジナルソングを「手渡し」するという表現は
、彼のメッセージが聴き手に直接、個人的な形で届くことへの強い願いと、そのメッセージが深く心に刻まれることを意図していることを示唆している。
◆山本さとしのプロフィールと音楽的ルーツ
・生い立ちと音楽への情熱
山本さとしは、1961年5月28日福島県喜多方市熊倉町に生まれた 。幼少の頃から音楽に触れる機会が多く、9歳でギターを手にし
、13歳からは日記をつけるように作詞作曲を始めた 。そして16歳でライブ活動を開始するなど 、その音楽的才能を早い段階から発揮していた。(2011年8月7日付の東京新聞の記事で50歳であると報じられている 。)
彼は日本社会事業大学児童福祉学科を卒業しており、この社会福祉の専門知識と経験が、彼の歌作りに多大な影響を与えている 。山本さとしは日本音楽著作権協会(JASRAC)の会員であり、社会福祉士等の資格も保有し、また、かつては日本社会事業大学附属子ども学園の園長も務めていた経歴を持つ 。
山本さとしの音楽が「目線の低いフォーキーな作風」であると評されるのは、単なるジャンルの選択に留まらない深い背景がある。彼の大学での学びと、その後のソーシャルワーク経験が、人々の生活実感に根差した視点や、社会のあらゆる層、特に困難を抱える人々に寄り添う姿勢を育んだ。この人間性への深い理解と共感が、彼の歌詞やメロディに直接的に反映されている。彼の音楽は、社会福祉士としての彼の「実践」の一部と見なすことができ、彼の作品に深い人間味と社会性が宿る根源となっている。その姿勢は今も一貫しており、現在も地元地域でボランティア活動を続け、歌をうたい新曲を作っては自身の音楽を循環させている。
◆ピート・シーガーの系譜を受け継ぐフォークシンガー
山本さとしの音楽は、アメリカの伝説的なフォークシンガーであり社会活動家であるピート・シーガーの系譜を受け継いでいると高く評価されている
。山本さとし自身も、38歳の時にピート・シーガーの自伝の共訳を手がけ、さらにニューヨークでシーガー本人から歌の指南を受けるという貴重な経験をしている
。
フォークシンガーの小室等も、山本さとしを「まぎれもなくピート・シーガーの系譜を受け継いでいくシンガーだ」と評している 。小室等は、1960年代にアメリカから日本に入ってきたフォークソングの「痕跡」が現代ではほとんど見えなくなってしまったと指摘する中で、山本さとしがその困難な道を「爽やかに歩んでいる」と述べている
。
山本さとしがピート・シーガーの音楽的系譜を受け継いでいるという事実は、彼の「目線の低いフォーキーな作風」が単なる音楽ジャンルに留まらず、社会的なメッセージや平和運動に伴走し謳歌するフォークソングの伝統に深く根ざしていることを示唆している。シーガーが社会運動に積極的に関わったように、山本さとしもまた、自身の音楽を通じて広島や長崎や福島・・・の問題に取り組むことで、その精神を現代に継承している。これは、彼の音楽が単なるエンターテイメントではなく、「歌う社会活動家」としての側面を持つことの強力な裏付けとなる。彼の音楽は、社会の不正や苦しみに目を向け、それを歌にすることで人々の意識を高め、変化を促すというフォーク音楽本来の役割を現代において果たしているのである。
◆音楽スタイルとメッセージ性
・「目線の低いフォーキーな作風」の深掘り
山本さとしの音楽的作風は、一貫して「目線の低いフォーキーなものが多い」と表現される 。この特徴は、彼の社会福祉士としての経験に深く根ざしている。彼は、現地に赴き、人々の生活の細部にまで目を向け、その実感に寄り添った視点から歌を紡ぎ出すことを重視している
。彼の楽曲は、聴き手に自然体で平和への思いが伝わるメロディアスな詞楽曲が特徴であり、飾らない言葉で深い感情や社会的なメッセージを表現している 。
・代表曲「ヒロシマの有る国で」に込められた平和への願い
「ヒロシマの有る国で」は、山本さとしの活動を象徴する代表曲であり、平和を願う歌として広く知られている 。この曲は、中学校の合唱コンクールでも歌われる定番のピースソングとなっており
、広島と長崎で繰り返された悲劇を決して忘れず、核兵器のない平和な世界を希求する強いメッセージが込められている 。2003年には、この楽曲が清泉女子大学地球市民学科の学科歌に採用されるという栄誉を受け、2023年には、母校日本社会事業大学の社会福祉原論の授業にてゲストとして招かれ演奏するなど、そのメッセージ性が教育現場でも高く評価されている
。
彼はコンサートの場で「反核」「反原発」といった直接的な言葉を口にすることは少ないが、その代わりに福島の避難住民をテーマにした楽曲に自身の思いを託し、聴衆と共に「ふるさと」を合唱するなど、歌を通じて平和への願いを共有する独特のアプローチをとっている
。
「ヒロシマの有る国で」が清泉女子大学の学科歌に採用され、中学校の合唱曲としても歌われるという事実は、この曲が持つ平和へのメッセージが、単なる個人的な表現を超えて、教育的・社会的な普遍性を持っていることを示している。この楽曲は、次世代に平和の重要性を語り継ぐための重要な文化財としての役割も果たしており、そのメッセージが教育現場で広く受け入れられていることは、彼の楽曲が持つ影響力の広さと深さを示唆している。
◆東日本大震災後の「フクシマ・ソング」と社会への眼差し
2011年の東日本大震災後、山本さとしは福島県の浜通り地域に定期的に足を運び、現地の人々と歌で交流しながら、原発事故後の人々の心情を歌い上げる「フクシマ・ソング」を毎年創作し続けている
。彼の代表的なフクシマ・ソングには、「この道の向こうには」「浜通りの風」「サヨナラのない別れ」などがある 。彼はまた、喜多方シティFMのパーソナリティを務め、喜多方復興支援隊にも加わり、現地仮設住宅への支援活動にも積極的に参加した 。
山本さとしの「フクシマ・ソング」の創作と、震災後の福島・浜通りへの継続的な関わりは、彼が単なるシンガーソングライターではなく、地域社会に深く根ざした「地域密着型アーティスト」としての役割を担っていることを示している。彼の音楽は、被災地の声なき声を代弁し、人々の心の復興を支える精神的なインフラとして機能している。これは、彼の音楽が持つ「癒し」と「記録」の二重の側面を浮き彫りにし、アーティストとしての社会的な責任感を体現している。彼は、被災地の現実を忘れ去られることなく、歌として後世に伝える役割も果たしているのである。
◆ディスコグラフィー:作品群が語る世界
山本さとしは、これまでに折々にアルバム作品を発表しており、その創作活動は300曲以上のオリジナル曲を生み出している
。彼の作品群は、社会的なテーマから個人的な感情まで、幅広い視点から描かれている。
・主要アルバムとシングル
山本さとしの主要なアルバムとシングルは以下の通りである。
| アルバム名 | 発売年 | 主要収録曲 | テーマ・解説 |
| ふる里の樹 ~愛しき紡ぎ歌の軌跡~
| 2004年 | ふる里の樹、白い雪 銀の空、はばたき、虹を見るために、ラスト・ランナー、あなたへのララバイ、小さな傘、道程(みちのり)、もうひとりの自分、これがわたしたちの
さようなら、ぼくの卒業式、ヒロシマの有る国で、ノーモア! ヤコブ 心は一つ、エイジァン ~アジアの人たちに~、きっと、この町で、五月の風のように | 雪深い会津の情景や人生の応援歌、いじめ問題、平和への願いなど、多岐にわたるテーマを包含。特に「ラスト・ランナー」は人生の応援歌、「ぼくの卒業式」はいじめ問題がテーマ。「白い雪
銀の空」は会津の雪の情景が目に浮かぶと評される。
|
| このゆびとまれ / 山本さとしとふくしまの仲間たち | 不明 (第38回全国生活指導研究協議会福島大会記念) | ANOTHER-もうひとりのわたし-、今日の君へ、ここでお休み、さっきの曲がり角で、ぼくの卒業式、もういちど、旅立ちの唄、海のように
山のように、かあさんへのこもりうた、ヒロシマの有る国で、まつり、さよなら ともだち、このゆびとまれ、ANOTHER-もうひとりのわたし-(インストルメンタル) | 福島大会記念として制作された限定盤。社会的なメッセージや人との繋がりをテーマにした楽曲が多い。 |
| 君のそばで ~山本さとしアンソロジー | 2021年 | (収録曲詳細なし)
| 山本さとしのアンソロジーアルバム。
|
| 夢のシナリオ (シングル) | 2000年 | (収録曲詳細なし)
| シングル作品。 |
| 丸腰でいこうぜ ('06憲法FOLK・JAMBOREEライブ) |
2006年 | ヒロシマの有る国で (他アーティストの楽曲も収録) | 憲法フォークジャンボリーのライブアルバム。山本さとしの代表曲が収録されている。 |
・代表曲とそのテーマ・背景
彼の楽曲は、社会の様々な側面に光を当て、深いメッセージを伝えている。
| 曲名 | 発表年/時期 | 主要テーマ・背景 | 関連エピソード |
| ヒロシマの有る国で | 代表曲(発表年不明) | 核兵器廃絶、平和への願い、戦争の悲劇 | 清泉女子大学地球市民学科の学科歌に採用。中学校の合唱曲としても歌われる定番のピースソング。薬害根絶デーや平和フェスティバルなど、多くの社会的なイベントで歌われている。 |
| この道の向こうには | 3.11東日本大震災後 | 福島・浜通りの人々の心情、復興への願い | フクシマ・ソングの一つ。 |
| 浜通りの風 | 3.11東日本大震災後 | 福島・浜通りの人々の心情、復興への願い | フクシマ・ソングの一つ。 |
| サヨナラのない別れ | 3.11東日本大震災後 | 福島・浜通りの人々の心情、復興への願い | フクシマ・ソングの一つ。 |
| ぼくの卒業式 | 不明 | 学校でのいじめ問題 | アルバム「ふる里の樹」「このゆびとまれ」に収録。 |
| ノーモア! ヤコブ 心は一つ |
1999年 | 薬害ヤコブ病、薬害再発防止 | 薬害ヤコブ病訴訟の原告団の弁護士からの依頼で制作。薬害根絶デーで歌唱された。 |
| 地球よ~人と動物と地球の未来によせて~ | 不明 | 環境問題、人間と地球の共存 | 詩:工藤直子、曲・歌:山本さとし。神奈川合唱団70周年記念演奏会で合唱曲として再演された。 |
| 神さまとんぼ | 3.11東日本大震災後 | (詳細テーマ不明) | 詩人・藤島昌治の詩に曲をつけたもの。 |
| 泣けばいいさ 笑えばいいさ | 3.11東日本大震災後 | (詳細テーマ不明) | 詩人・藤島昌治の詩に曲をつけたもの。 |
| ラスト・ランナー | 不明 | 人生の応援歌 | アルバム「ふる里の樹」に収録。 |
山本さとしの楽曲テーマは、平和や災害復興に限定されず、いじめ、薬害、環境問題といった多岐にわたる社会的な課題を網羅している。これは、彼が単に社会の出来事を歌にするだけでなく、具体的な問題提起や、当事者からの依頼に応える形で音楽を創造していることを示している。例えば、「ノーモア!
ヤコブ 心は一つ」は薬害ヤコブ病訴訟の原告団弁護士の依頼を受けて制作された楽曲である 。また、「ぼくの卒業式」では学校でのいじめ問題に焦点を当て
、「地球よ~人と動物と地球の未来によせて~」では環境保護のメッセージが込められている 。彼のディスコグラフィーは、社会の「声」を音楽として具現化する、彼の深い社会関与と、幅広い問題意識の証である。
・全国各地での公演活動の変遷
山本さとしは、東京都練馬区を拠点としながらも、全国各地で精力的にコンサートや学校公演を行い、自身のオリジナルソングを直接人々に届けている
。彼の音楽活動は今年で40周年を迎え 、その長きにわたり、多くの場所で歌を届けてきた。
近年の活動としては、2025年7月には静岡で「歌と朗読で紡ぐ静岡・平和のうたの日2025」や「山本さとしライブ@歌声喫茶らら」への出演が予定されている 。また、2025年8月には練馬区で「戦争を語り継ぐ会」での平和の歌声披露や、全国生活指導研究協議会大会でのトークセッションが控えている 。
過去には、日本社会事業大学での記念コンサート 、隅田川フォークフェスティバル 、市原平和フェスティバル、ナガサキ忌平和コンサート、北区青空うたう会など、多岐にわたる場所でライブを行ってきた
。小規模な会場でのバースデーライブ や、限定席数のライブ も積極的に開催しており、ファンとの距離の近さを重視し、より親密な空間での交流を大切にしていることが伺える。
・社会的なイベントやチャリティライブへの参加
山本さとしは、単に楽曲を披露するだけでなく、社会的なメッセージを持つイベントやチャリティライブにも積極的に参加している。例えば、薬害ヤコブ病訴訟勝利と反省と再発防止を誓う「薬害根絶デー」での歌唱
、映画「お母さんの被爆ピアノ」を応援するためのチャリティライブ 、そして各地の平和フェスティバルへの参加などが挙げられる 。
特に、2011年の東日本大震災以降は、福島県の浜通り地域を定期的に訪問し、現地でのライブや、歌作りの背景やフクシマ・ソングについて語る講習会などを通じて、被災地での交流を深めている
。彼は、3.11以降毎年浜通りに通って作ったフクシマソングをメインに歌うステージにて、被災地の現状と人々の思いを伝え続けている 。
山本さとしのライブ活動は、単なる音楽パフォーマンスの場ではなく、学校、地域コミュニティ、平和イベント、そして被災地といった多様な「場」を通じて、教育、福祉、癒し、そして社会的な対話を促進する役割を担っている。彼の歌は、聴衆に直接「手渡される」ことで、より深い共感と行動を促す力を持っている。これは、彼の音楽が「ライブ」という形式を通じて、社会福祉士の倫理観である社会正義や社会的結束の一助となり、地域福祉を念頭においた地域社会との絆を築いていることを示している。彼の活動は、音楽が持つ社会的な力を最大限に活用し、人々の心に寄り添い、共に歩む姿勢を体現している。
山本さとしの主なライブ・コンサート履歴は以下の通りである 。
| 開催年月日 | イベント名 | 場所 | 主な内容/テーマ | 特記事項 |
| 2025年9月13日、20日~21日 | 音楽会(オリジナル部門)講評員 | 東京都 | オリジナル作品発表会の講評 | 2年目の仕事、ソングライターとしての学びの場 |
| 2025年8月14日(木) | 【戦争を語り継ぐ会】
| 練馬区男女共同参画センターエール視聴覚室 | 平和の歌声、戦争体験の共有 | 医療生協運営委員会主催、席数限定 |
| 2025年8月2日(土)、4日(月) | 全生研(全国生活指導研究協議会)大会開会行事・平和教育分科会でのトークセッション | 練馬区内中学校 | オリジナル曲「虹を見るために」「ぼくの卒業式」発表の思い出 | 数十年ぶりのゲスト出演 |
| 2025年7月下旬 | CD recording 2nd | (詳細なし) | 歌とギターの録音完了、ミキシング中 | 年内リリースを目指す |
| 2025年7月20日(日) | 歌と朗読で紡ぐ静岡・平和のうたの日2025 | カフェ・クレモンティーヌ(静岡市) | 戦後80年、戦争体験の語り継ぎ、平和の歌声 | 会津里花、あべよしみ、佐野藤雄と共演 |
| 2025年7月19日(土) | 山本さとしライブ@歌声喫茶らら | 歌声喫茶らら&音広場NeMoGo(静岡市) | 「ヒロシマの有る国で」作者の音楽に浸る | 佐野藤雄、会津里花と共演、ワンドリンク付き |
| 2025年5月17日(土) | さとし&真季 平和コンサート | 富士見市民文化会館マルチホール | 温かい雰囲気で多くの来場者 | 太田真季、渡辺英理と共演 |
| 2025年3月11日(火) | 祝卒業LIVE-未来につなぐ広島の歌- | 地元中学校(練馬区石神井南中学校 | 3年生120人の前で演奏 | - |
| 2023年11月26日(日) | 真季&さとし平和コンサート | 針ヶ谷コミュニティセンター | 声楽家太田真季との共演 | - |
| 2023年10月21日(日) | さいたま市岩槻区岩槻本丸公民館でのイベント | さいたま市岩槻区岩槻本丸公民館 | - | - |
| 2023年10月9日(祝月) | 山本さとしアコースティックライブ | ウエストウッド(清瀬市) | - | 要予約12席、完売 |
| 2023年8月19日(日) | 2023市原平和フェスティバル | 千葉県市原市市民会館小ホール | - | - |
| 2023年8月9日(水) | ナガサキ忌 寄合処きたまち 平和コンサート | 川越市 時の鐘 | 女性コーラスうりんぼうと共演 | - |
| 2023年7月30日(日) | いぐさの平和コンサート 第2回 | 喫茶室いぐさの細道 | - |
コロナ罹患者複数発生のため中止 |
| 2023年5月28日(日) | 山本さとしソロライブ(バースディライブ) | いぐさの細道 | - | - |
| 2023年4月16日(日) | Cafe Westwood Presents Sunday
Acoustic Live 山本さとし | ウェストウッド(清瀬市) | - | - |
| 2022年10月12日(水)10月15日(土) | WestWood | (詳細なし) | 「バトンタッチ」「まわり道」 | - |
| 2022年8月9日(火) | 長崎追悼 時の鐘参加、平和と未来写真展ミニコンサート | 川越市 時の鐘、きたまち寄合処 | - | - |
| 2022年7月24日(日) | いぐさの平和コンサート | いぐさの細道(杉並区) | 影浦つとむ、落合こうせつ&アラタ熊谷と共演 | - |
| 2022年7月9日(土) | 第11回隅田川フォークフェステバル~奉納コンサート~ | 江島杉山神社(墨田区) | 中川五郎、野沢享司らと共演 | 予約制、入場料あり |
| 2022年6月11日(土) | オーリアッド(OREAD)オープンマイク | 長野県上伊那郡辰野町 | - | - |
| 2022年5月13日(金)~15日(日) | 全国創作講習会 | 福島県郡山市 | 講座「心はふくしまと共に ~今私たちにできることは~」トーク&ライブ | 歌作りの背景やフクシマソングを披露、リアルタイム配信も実施 |
| 2022年4月23日(土) | 清瀬市ピースパレード
| 清瀬市 | 「泣いている君」「ヒロシマの有る国で」を演奏
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| 2021年10月17日(日) | 山本さとしコンサート(音楽活動35周年記念) | 富士見市(埼玉県)
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| 2021年7月10日(土) | 隅田川フォークフェスティバル | (詳細なし) | - | - |
| 2021年3月29日(月) | たかはしべん事務所表敬訪問 | (詳細なし) | フォーク談義 |
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| 2021年3月28日(日) | 山本さとしライブ | ひがしかまた音楽室大島園 | 代表曲、フクシマソング | 限定12席、完売、参加者から高評価 |
| 2021年1月22日 | CD発売 | - | CD君のそばで
~山本さとしアンソロジー~ | - |
| 2020年9月~現在 | オムニバス・アルバムと新作CDの制作中 | - | コロナ禍でも音楽活動継続、書き下ろし作品増加 | 3.11以降のフクシマ・ソング中心の新作CDを視野 |
| 2020年10月4日(日) | グレイン ラストディ |
(詳細なし) | 写真家菊池和子さんのフクシマ写真展&トーク
| 「神さまとんぼ」「ヒロシマの有る国で」を歌唱 |
| 2020年8月24日(月) | 第21回薬害根絶デー(ZOOM オンライン参加費無料) | (オンライン) | 「ノーモアヤコブ 心はひとつ」を歌唱予定 | 薬害エイズ事件反省、再発防止を誓うイベント |
| 2020年8月9日(日) | 山本さとしライブ 「フクシマ~泣いている君へ」 | 喜多方発21世紀シアター(喜多方市) | - | 新型コロナウィルス感染拡大予防のため中止 |
| 2020年7月4日(土) | 第9回隅田川フォークフェスティバル2020 | 江島杉山神社 | 中川五郎らと共演、「変容の時代へのメッセージ」 | ピート・シーガーのクリアウォーターフェスティバルに影響を受けたイベント |
| 2020年6月21日(日) | 写真絵本「私はあいちゃんのランドセル」読み聞かせ&藤島昌治氏追悼
山本さとしコンサート | 高円寺グレイン | - | 新型コロナウィルス感染拡大予防のため中止 |
| 2020年5月10日(日) | 山本さとしコンサート(映画「お母さんの被爆ピアノ」応援) | 工房ふふふ(埼玉県富士見市) | - | 新型コロナウィルス感染拡大予防のため延期 |
| 2020年3月21日(土) | 施設ミニライブ | (詳細なし) | 「ラストランナー」「笑顔は咲けない」「ヒロシマの有る国で」他 | 新型コロナウィルス感染拡大予防のため中止/延期 |
| 2020年3月14日(土) | 福島県浜通り訪問 | 福島県浜通り | 「バックホームアゲイン」「笑顔は咲けない」 | - |
| 2020年3月7日(土) | 新白河市 社大福島県同窓会総会 講話・交流会 | 新白河市 | 「笑顔は咲けない」他
| 新型コロナウィルス感染拡大予防のため中止 |
| 2020年2月16日(日) | 北区青空うたう会 | 北区 | ミニコンサート「笑顔は咲けない」「ナガサキのまなざし」「ぼくの卒業式」他 | -
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| 2020年2月9日(日) | 杉並区いぐさの細道 | 杉並区 | 「笑顔は咲けない」 | - |
| 2020年2月8日(土) | 八王子 SW'Sうたう会 | 八王子 | 「笑顔は咲けない」 |
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| 2020年1月19日(日) | 清瀬市わかば会 | 清瀬市 | 「笑顔は咲けない」「神さまとんぼ」 | - |
| 2019年12月10日(火) | 洪栄龍ライブ | 吉祥寺MANDA-LA2 | ギタリスト洪栄龍との共演 | 山本さとしがゲスト出演 |
| 2019年11月30日(土) | 高円寺稲生座 | 高円寺 | よねやまたかこ&会津里花と共演 | 山本さとしがゲスト出演 |
| 2019年11月23日(土) | 山本さとしオープニングライブ | 結まーるプラザ(喜多方市) | 故郷喜多方でのオープン記念ライブ | - |
| 2019年11月3日(日) | 院内ライブ~藤島昌治さんを囲んで | 南相馬市立総合病院 | 「泣けばいいさ 笑えばいいさ」を披露 | 詩人・藤島昌治の詩に曲をつけたもの |
| 2019年11月2日(土)~3日(日) | うたの里ふくしま | 福島市ユースゲストハウス アトマ | - | - |
| 2019年10月26日(土) | 日本社会事業大学大学祭 山本さとしライブin竹丘湖 | 大学中庭 | 大学祭を盛り上げる | - |
| 2019年10月19日(土) | 江戸川区原爆語り部カフェ | 江戸川区 | 被爆者の語り部を聞く機会 | 自己紹介代わりに「ヒロシマの有る国で」を歌唱 |
| 2019年9月28日(土) | 「子どもたちへ贈りたいもの 山本さとしコンサート」 | 福島県会津柳津町ふれあい館 | 「ぼくの卒業式」をテーマに | 福島県教職員海愛主催 |
| 2019年9月21日(土) | 社大群馬県支部総会 |
前橋市 | - | - |
| 2019年9月10日(火) | 山本さとしフクシマライブ | はらまちひばりワークセンター | 知的、身体、精神の様々な方々が通う施設でのライブ | - |
| 2019年9月11日(水) | 山本さとしフクシマライブ(南相馬市)Ⅱ | さぽーとセンターぴあ 自立研修所えんどう豆ピーナッツ会場 | 音楽好きな利用者向けライブ | 藤島も参加 |
| 2019年9月1日(日) | 神奈川合唱団70周年記念演奏会 | 神奈川県立音楽堂 | 自作の「地球よ~人と動物と地球の未来によせて~」が合唱曲として再演
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| 2019年8月3日(土)~4日(日) | 喜多方21世紀シアター 山本さとしライブ | 星醫院 野外、東町蔵屋敷(喜多方市) | 音楽生活の出発点である故郷でのライブ | - |
| 2019年7月27日(土)~28(日) | コスモス村村民会 | 長野県諏訪郡富士見町 | - | - |
| 2019年7月21日(日) | 横井久美子50周年記念コンサート | 中野ゼロホール | 「おいで一緒に」をゲスト出演 | デビュー当時お世話になった横井久美子を祝福 |
| 2019年7月6日(土) | 隅田川フォークフェスティバル | 墨田区 | - | - |
| 2019年6月9日(日) | 菊池和子写真展・トーク
| 高円寺グレイン | スライドトーク(菊池和子)&ライブ(山本さとし) | - |
| 2019年6月2日(日) | 第46回会津若松市母親大会 | 会津若松市文化センター | ゲスト演奏 | - |
| 2019年5月14日(火) | 横浜歌声の会「涼風」
| 鶴見サルビアホール3F 音楽ホール | ゲスト演奏「ヒロシマの有る国で」他 | 最高の音響、照明で好評 |
| 2019年4月29日 | "いばいばブックカフェ"(茨城居場所研究所) | 日立市大甕町 大みか交流センター |
| 2019年3月9日~11日 | 福島県、浜通りを訪ねて | 福島県浜通り | - | - |
| 2019年2月17日(日) | 山本さとしチャリティライブ ~映画被爆ピアノ応援~ | 喫茶室いぐさの細道(杉並区) | 映画「被爆ピアノ」応援のためのチャリティライブ | 限定20数席、マスター夫妻との交流も |
◆評価と影響:音楽が紡ぐ絆
・音楽業界内外からの評価と批評
山本さとしの音楽は、その一貫した「目線の低いフォーキーな作風」と、歌詞に込められた「メロディアスで平和への思いが伝わる」点が特筆されている
。フォークシンガーの小室等は、山本さとしを「まぎれもなくピート・シーガーの系譜を受け継いでいくシンガーだ」と高く評価している 。小室等は、1960年代にアメリカから伝わったフォークソングの「痕跡」が現代ではほとんど見えなくなってしまったと指摘する中で、山本さとしがその困難な道を「爽やかに歩んでいる」と述べている
。
小室等によると、60年代のフォークソングの痕跡が薄れる中で、ピート・シーガーの系譜を継ぐシンガーであるという評価は、山本さとしが単なる一アーティストに留まらず、社会的なメッセージを内包するフォークミュージックというジャンルの歴史的・文化的な価値を現代に再提示し、継承する重要な役割を担っていることを示唆している。彼の音楽は、消費されがちな現代音楽シーンにおいて、普遍的なテーマを歌い続けることで、フォークの真髄を次世代に伝えていると同時に、そのジャンルのレガシーを現代に息づかせている。
ファンからは、ライブでの歌とギターが「素晴らしく」 、その歌と詩に「励まされた」 、福島のことを歌う姿勢に「心を打たれた」といった感動の声が多数寄せられている
。彼の楽曲については、「風景が浮かんできます。ギター・の音色も素敵!」といった具体的な感想も見られ 、聴き手の心に深く響く音楽性が評価されている。
長年にわたり山本さとしと交流のあるギタリスト洪栄龍は、彼の楽曲が持つメロディアスさと、平和への思いが自然に伝わる点を高く評価している 。また、故・矢澤寛(音楽評論家)ややまだじん(folk
singer)も、山本さとしを自身の著書やSNS、ステージ等で紹介し、20年来の付き合いがあったことが知られている 。声楽家の太田真季やピアニストの渡辺英理など、様々なジャンルのアーティストとの共演も多く、その音楽的な交流は彼の活動の幅を広げている
。
・コラボレーションと交流
山本さとしは、他のアーティストとのコラボレーションや交流にも積極的である。例えば、横井久美子の50周年記念コンサートにゲスト出演するなど、長年の友人や同業者との絆を大切にしている 。また、アルバム「このゆびとまれ」が「山本さとしとふくしまの仲間たち」名義で発表されていることからも
、彼が地域の人々との協働を重視し、音楽を通じてコミュニティを形成する姿勢が伺える。
山本さとしの音楽活動は、単独のアーティスト活動に留まらず、他のミュージシャンや「ふくしまの仲間たち」とのコラボレーション、さらには各地の「うたう会」への参加を通じて、音楽を媒介とした広範なネットワークを形成している。これは、彼の音楽が個人に響くだけでなく、共同体意識を育み、人々を結びつける「絆」としての機能も果たしていることを示唆している。彼の活動は、音楽がコミュニティ形成と社会的な連帯を促進する強力なツールであることを証明している。
◆オンラインプレゼンス:ファンとのつながり
・公式サイト、Facebook、YouTubeチャンネルの活用
山本さとしは、自身の音楽活動や作品、ライブ情報などを詳細に掲載した公式ウェブサイト(satoshi-y.net)を運営している
。このサイトは2000年5月15日に開設され、2025年6月23日にも更新されているなど、常に最新の情報が提供されている
。
また、Facebookページも2013年9月から「歌日記FBバージョン」として活用しており、日々の活動報告や思いを共有する場として機能している
。
YouTubeでは、彼の楽曲のライブ映像や公式音源が多数公開されており、「ヒロシマの有る国で」「ぼくの卒業式」「浜通りの風」といった代表曲が視聴可能である
。特に「ヒロシマの有る国で」は複数のバージョンがアップロードされており、そのメッセージの広がりと、多くの人々に届けられている様子がうかがえる。
山本さとしが公式サイト、Facebook、YouTubeといったデジタルプラットフォームを積極的に活用していることは、彼のフォークソングが持つ社会的なメッセージが、伝統的なライブ会場の枠を超えて、より広範な聴衆に届くことを可能にしている。これは、デジタル時代におけるフォーク音楽の伝承と、そのメッセージの普遍性を高める戦略的なアプローチと見ることができる。彼の活動は、伝統と現代の融合による「歌の旅」の進化を示しており、彼のメッセージがより多くの人々に届くための重要な基盤となっている。デジタル空間での存在感は、彼の音楽が時間や地理的な制約を超えて、持続的に影響を与え続けるための重要な手段となっている。
◆結論:山本さとしが音楽で伝え続けるもの
山本さとしは、福島県喜多方市にルーツを持ち、日本社会事業大学での学びと社会福祉士としての経験を背景に、「目線の低いフォーキーな」音楽を創作し続けている稀有なシンガーソングライターである。彼の音楽は、単なる個人的な表現に留まらず、社会の現実と人々の心の機微に深く寄り添う姿勢を貫いている。
彼の代表曲である「ヒロシマの有る国で」に象徴されるように、核兵器廃絶と平和への強い願いは、彼の音楽活動の根幹を成している。さらに、東日本大震災後、福島・浜通りに定期的に通い、被災地の人々の心情を歌い上げる「フクシマソング」を毎年創作していることは、彼の深い共感と社会貢献への揺るぎないコミットメントを示している。彼の楽曲は、いじめや不登校、人の基盤である生命の維持に関わる多岐にわたる社会問題にも光を当て、音楽を通じて人々に問いかけ、共感を呼び起こす力を有している。
ピート・シーガーの系譜を受け継ぐアーティストとして、彼は単なるエンターテイメントを超え、社会的なメッセージを歌に託し、人々の心に寄り添い、共に考えることを促すことで、社会変革の一助となることを目指している。彼の音楽は、60年代フォークの精神を現代に息づかせ、その普遍的な価値を再認識させている。
長年にわたる精力的な全国各地でのライブ活動は、彼が歌を直接人々に「手渡す」ことを重視する姿勢の表れであり、様々な社会的なイベントやチャリティライブへの参加は、彼の音楽が持つ社会的な力を最大限に活用する場となっている。また、公式サイト、Facebook、YouTubeチャンネルといったデジタルプラットフォームの積極的な活用は、彼の音楽が世代や時間や地域的な制約を超えて、普遍的な価値を伝え続けるための重要な手段となっている。
山本さとしの音楽は、人間の尊厳、平和の希求、そして困難に直面する人々への連帯という、時代を超えて響くメッセージを紡ぎ続ける、まさに真の「歌の旅人」の軌跡である。彼の歌は、聴く者の心に静かに、しかし深く響き、希望と共感の光を灯し続けている。

www.satoshi-y.net
(AI Gemini作成文書をベースに3104オフィス監修、微修正して掲載しました。「Gemini、客観的にまとめてくれてありがとう。」)
